
たかがしれたかなしみでパンパンになって
ころがるみたいに歩く
カメラをおっことして、レンズのしたらへん凹ませた
きもちもいっしょに凹んだ
しょうもないです
年がら年中、しょうもないです
12月からもう 半年もたっているということが
きのうのわたしをおどろかせた
イルミネーションできらきら言う街をふたりで歩いていたの
ついこのあいだで
まだあのとき、あの日の 空気のにおいだっておぼえているのに
1年の半分って、そんなに、こんなに あっけないのか。とおもった
きもちはいまだ
そのへんをうろついて
迷子
たかがしれたかなしみでパンパンで
しょうもないです
ふ、と
いつかあの日々が帰ってくる、とおもっているじぶんに気づいて
たちつくした
みんな
あたらしい生活で、あたらしい人達と
あたらしい環境で、あたらしい生活を
それがおわったとて
かえってくることなんてない
あたらしい今がおわったら、次のあしたがやってくる
どんどんはじまって、どんどんおわる
戻るなんてないんだね
わたしだけ、
なにもはじめることができなかったから
それがいけなかった
いまだれと笑っているかな
泣いたりはしていないかな
いままで聞かせてくれた話のつづきは
いまだれにきかせているんだろう
わたしの想像がいきつかない日常にいる人になってしまったら
それはもう
わたしのなかで存在のない人になる
どんどん人がへる
のうみそがらんどう
しょうもないです
こんな
たかがしれたかなしみで
身動きとれない
しょうもないです
それでも、
この日々があたりまえになってく感覚が
うっすらだけれど
すでにあって
さみしさに
かなしさに
くやしさに
慣れてしまいたくない
その日々が当然になってしまいたくない
おわった日々のこと、
もうたくさん忘れてしまった。
でも、
たくさんおぼえてる。
しょうもないけど、
さみしいです。